食を介して “幸せ”を広げる。小手指のベーカリー〈麦兵衛〉が探求する、地域コミュニティと存在価値。
阿部淳 西武線在住歴40年以上
イタリアでの料理修業から帰国後、ピッツェリアやベーカリーの立ち上げなどに関わる。2009年、地元・小手指にベーカリー〈麦兵衛〉をオープン。
地元の食材を使うという使命感に駆られて。
できるかぎり地元の食材を使う──。〈麦兵衛〉のポリシーは、阿部淳さんがイタリアで料理修業をしていたころ、感じ入ったことに由来します。
「そもそもイタリア料理というのは地方料理がほとんど。特産物を使った料理が、その土地の名物になっていることが多いんですね。そのことにすごく自然な道理を感じたんです。そうだよな、食べ物というのは本来そういうものだよなあって。土地の人たちは自分たちの文化に誇りを持っていて、それぞれが“おらが街がいちばん”と本気で思っていて、ああ、かっこいいなあと思いました。地元のこともロクに知らずにイタリアに勉強しにきている自分が、ちょっと恥ずかしくなってしまったくらい」
阿部さんは帰国後、あらためて地元・埼玉の食材に意識を向けるようになりました。この土地にある魅力的な食材を探す感覚というよりはむしろ、「小麦粉であれば、なんとかパンにできるだろう。食材であれば、どうにか商品に仕立てられるだろう。あるものでなんとかやってやる、という使命感のほうが先に立っていました」。
おいしいけれども、グルテンの伸びがよくなく膨らみづらいため、パンづくりに最適とはいえない埼玉県産小麦「ハナマンテン」にこだわっているのも、県産の素材を使いたいという使命感からです。
ところが幸いなことに、地元には良質な食材が豊富に存在していました。特に野菜はすばらしい、と阿部さん。なかでも里芋、小松菜、ほうれん草は日本一といえる品質でつくる生産者がいるそうです。仕事の合間の休憩時間にさっと農家さんに会いに行ける距離感も、地産物を使う利点のひとつだといいます。
住み心地は最高!小手指界隈は“中間”にあり、いい塩梅。
阿部さんの出身は、店のある所沢市のお隣、狭山市。いかに恵まれた環境に育ったか、いまになって再認識しているそうです。
「僕にとって、西武園ゆうえんちと西武球場は象徴的な存在。子どもの頃はどちらにもよく通っていて、近くに遊園地や球場があるのを当たり前に思っていました。でも、それって実はそうそうない貴重な環境だったんだと、大人になってから気がついたんです」
ちょうどこの週末にもお子さんを連れて飯能に登山してきたそうで、アウトドアも手軽にできてしまう自然との近さも魅力。それでいて街にはショッピングセンターもあって生活に不便はなく、映画館などもありエンターテインメントにも事欠きません。
「都会でも田舎でもない“中間”の、じつにいい塩梅が小手指なんです。住み心地は最高ですよ」ときっぱり言い切る阿部さんの発言にも納得できるというもの。小手指は西武鉄道池袋線の始発駅のひとつということもあって都内で働く人びとがたくさん住んでおり、〈麦兵衛〉にはそんなお客さまも多く訪れるそうです。
ベーカリー?それともピッツェリア?〈麦兵衛〉の最終到達地点とは。
イタリア料理の修業中、ピザ生地を学ぶ一環でパンづくりに携わるようになったのがきっかけで、ついにはベーカリーのオーナーになってしまった阿部さん。しかし現在のこの状態は仮の姿……とはいわないまでも、真の姿とはいえないようです。
というのも、阿部さんにとって、いまはまだ計画の途中段階。ゆくゆくはベーカリーにピッツェリアを加えたお店をやりたいと考えています。しかし、それでもまだ、最終形態とはいえないのかもしれません。
「社会という大きな視点から見た、パン屋の役割。今後の僕の人生から捉えた、この店の役割。そう考えた時、パン屋やピッツェリアではない店のかたちもあり得るかもしれないと思っているんです」
地域の農家がつくる食材を使うこと。地域のお店とコラボレーションして新しい商品をつくること。それらを通じて、地域のすぐれた素材を地元の消費者に知ってもらうこと。
パンでもピザでも、もしかしたらまったく別の他のものでも構わないけれど、自身が携われる “食”を介して、みんなで幸せを感じたいと阿部さんは考えているのです。
イタリアで見聞してきたコミュニティの原点を、自分の地元でも実現する。それが、阿部さんの目指す到達点です。
【今回ご紹介した〈麦兵衛〉について】
■住所:埼玉県所沢市小手指町1-27-16エスパスィオ101
■電話:04-2902-6455
■営業時間:8:30~19:00
■定休日:日曜日
※2024/02/28時点の情報です。
(photo: Jiro Fujita/photopicnic text: Mick Nomura/photopicnic)