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江古田観測日誌 Vol.6 観測不可能?!だった『ココナッツディスク江古田店』日誌

白旗宣言

前回につづき、ココナッツディスク江古田店の紹介です。店長松本さんのお話を体よくまとめようとすると、本質から遠のいてしまう…。そんな実体があるようでない「和レアリック」の世界。まさに幻想?簡単に説明すると「和レアリック」とは音楽の一ジャンルで、既存の語を組み合わせた松本さんの造語。スペイン東部沖の地中海にうかぶバレアレス(Baleares)諸島イビザで発生した郷愁感を多分に含んだ開放的な音楽のジャンル「Balearic(バレアリック)」に国産音源を当てはめてみたものが発端。以上の説明の元となった松本さん監修『和レアリック・ディスクガイド』注1ココナッツディスク買い上げ特典のおまけCD—Rを聴いて「和レアリック」を分かった風な解説や感想を書くのは止めよう…と決めました。

松本さんの「(第三者が店を)遠巻きに見て、そこで感じたことがそれは一つの正解だと思うから…当事者の意見なんて別に…。だからそれをどう書いていただいても全然大丈夫なんで」の言葉に後押しされたレポートです。テーマは「面白がれる視点の発見」。だからこそのエバーグリーン(店内も!)。

何でもゴチャッとある江古田そしてレコードの中から

江古田についての松本さんの印象は「よくわからない雑多感」になるのかな、と思います。一方「和レアリック」の出所も、松本さんが、店舗近くにある地下倉庫で誰からも見向きもされずに眠っている「邦楽レコードの山」を目の前に途方に暮れていたところからなので、江古田と「和レアリック」は「整理されていない何でもゴチャッとある」のが母体というところが共通です。さてここで同列にするのは大変おこがましいのですが松本さんが膨大なレコードの山に「和レアリック」を切り開いたように、私は私で雑多な江古田に「ファンシー」を当てはめたとも言えます。ただし!私が昨日今日言い出した「江古田はファンシー」なんかとは、全く違う深度の「和レアリック」をめぐるお話は音楽を越え、町ネタも含んだ面白さでした。

店頭ウィンドウに飾られた『リフレクションズ 寺尾聡』総並び!

うっすら浮かび上がってくるもの

「和レアリック」の音源について、松本さんの発言を拾うと「謎」「ミステリアス」など、ディスクの山奥は、あいまいで見通せません。そしてここから先が本記事の真髄。分かりやすい答えを求める私に対する「ファジー」な松本さんの回答です。

―『和レアリック・ディスクガイド』は、分かりやすいランキング(オススメ1位など)をしていないですよね?
松本店長(以下 松):それだと視野が狭くなっちゃって、すぐに風化してしまう気がして、面白くないんですね。もっと、何でもゴチャッとある中からうっすら浮かび上がってくる何か…。謎が深まってくと、正解がたまに見えてくる、そこから逆に浮かんでくる何かがあるっていうか…、ただ、それが正解かどうかも分からないですけどね。

この「うっすら浮かんでくる、浮かび上がる何か」というのが忍耐力のいる探検のようで面白いと思います。道なき道をただ前進あるのみのような…。そうして667ディスク全てを松本さんが選んだ、曰く「巨大なZINE」注2(厚さ1.5cm、重さ318g)が完成。選んだのがこの数ということは、選ばれなかったディスクは優に千枚単位を越えるわけです。それらが各章立てはあるものの、全ディスク横並びで紹介されています。どこかのリスナーに代わって、ひたすら「考える暇があるなら聞いて」きた松本さんが選んだ熱量のこもったガイド…ということが分かります(詳細は、観測不可能域)。ものすごい集中力で「和レアリック」を扱ったこの本と矛盾するようですが、松本さん自身は、「和レアリック」について何も決めつけていないようで…。

表紙の右上に「日本の幻想」の文字。右下にウィンドウに飾ってあった寺尾聡のアルバム

江古田の町とディスクガイドの底流にあるもの

さて、インタビュー中、引越したばかりで江古田が分からずなじめない私のモヤモヤに、松本さんは、こんな話をしてくれました。

松:どこか行きつけの飲み屋でも一個あれば、それだけで全然印象が変わる、結局仲のいい人がいるか…そういうもので町の印象てのは成り立っていくんじゃないかな、と。(松本さんがよく行く江古田のバーで例えば)「『江古田』ってどんな(町)なの?」って聞いてみたら、そこは二人でお店やってるんですけど、一人は多分わからないって、もう一人は適当なこと言う…それで終わりだと思うんです。そういうのがヒントなのかなって気がします。はぐらかすっていうかわからないというか…何も決めつけない。この本も、実は何も決めつけてないっていうオチがあって、奇跡的にアホ本なんですよ。結果何の役にも立たないって(周りに言われて)えー!って思ったけど。
― そ、そうなんですか?
松:そうなんです。狙い通りだ…!どのジャンルの説明をするというわけでもないし、「我々がいい」と思ったものを…って前書きにも書いてあるし。なるたけジャンルを散らして得体のしれないラインナップにしたかったんです。おっきい輪っかにして本体がぼやけてから浮かんでくるような。

レジ周りに共存している様々なモノたち。

本のはじめで「表面的な音楽の心地よさだけではなく、個人個人の中でその面白さを見出せたときの」高揚感、(中略)この内面に広がる景観(音楽のジャンルとしてではなく)こそが「和レアリックのキモ」だとし、ただし「自分なりの基準で発見」というのは、なかなかむつかしいだろうということで、現段階での「参考」としてのディスク紹介であることをことわっています。これに対するように「(ディスクを)自分で探して聴いたら面白いですよ」とインタビュー中にも言っていました。基本は「自分で選んで見つける」面白さにあるようです。そうそう…う~ん、ただその「自分で見つける」のがむつかしい。

音楽ってどう楽しんだり広げたりしたらいいでしょう?

というわけで、最近音楽は何を聴いていいのかさっぱり分かりません!…この丸投げな質問に対して…
松:音楽そのものは楽しくないんですよ、きっと。自分がそれを楽しんだら楽しいだけなんで。受動的に流れているものは「わー」ってなることはないと思うんですよね、もうあんまり…。
音楽に「いい、悪い」って多分ないんで、面白がれる、楽しめる感覚を自分でキープしているうちは楽しいんだなって、思うんです。こんな仕事をしてるので、普通の人の聴き方じゃもうないんだろうな…って思っているんだけども。自分も、この音楽ダメだー!とパッと思う時期はやっぱりあったんですけど、何事も全て分かった気になるのが、一番つまらないと思うので。それは思い上がりだということをいつも意識して、分かった気にならないように努力している感じですかね。うーん。遊んでる…。子供が遊んでいるみたいに、お父さんまだ遊んでる…みたいな状態です。

モーツァルト着用ヘッドフォンは軽くて付け心地よいオーディオテクニカ製。試聴用。

音楽そのものは楽しくない…?!この言葉だけを聞くと一瞬ドキッとしますが、音楽の先入観に対するひとつの切り口のことを言っているのだと思いました。私が、今回「観測不可能」とした領域は、まさに自分の先入観が外せなかった部分とも言えます。一方、松本さんが遊んでる先にあったのが「和レアリック」だったということかもしれません。本の中のは10年くらい前から紹介していたディスクが中心で「聴きなおしたらやっぱり面白かった」と言っていました。

江古田店について

そんな「和レアリック」の発信元は江古田店ですので、その実店舗・お店についてうかがいました。松本さんは、以前はココナッツディスク吉祥寺店に勤務していて、2003年江古田店が移転するタイミングで江古田店店長になったそうです。

松:(自分が)店長で店をつぶさないような努力と、おそらく自分で考えて店をまわして(運営して)いるので、そのいいバランスがあったからずっと続けられたのかなと感覚として(思います)。トップダウンがあるような会社とか場所だったら、こういう造語(和レアリック)で本が出る位まではワガママ続かなかったかなと思います。

レジ側を引きで。モビールのように吊るされたものの浮遊感が不思議。

松:(お客さんは)半分くらいは多分近所なのかなって思うんですけど。たくさん買ってくれる人は目的をもってきてくれた遠くに住んでいる方が多いのかな?って感じがします。モノを売るのがメイン(のお店)で…でもただのモノじゃなくて、レコードはやっぱり物語をつけていくじゃないですか?買った人には、それをどうフォローしながら、わざわざ来ていただける理由、もう少し付加価値を…。結局わざわざそこで買いたいと思ってもらえるかどうか…っていうのはどこの店舗さんでもあると思うんです。

モノに「物語をつける」…「和レアリック」はその物語の一つ?前回のディスク紹介そして今回のインタビューでも「懐古趣味的」でない「風化しない」モノサシや切り口であることが新しい「面白さ」につながるように思いました。そして、その感覚は店内の随所にも息づいているようで…。

此処は何処?から考えるインテリア考

本では「此処何処エキセントリック和モノ」とのキャッチコピーがあります。江古田にあって、ここ(この店)だけ、空気と湿度が違う感じがするのです。その「此処は何処?」の感覚もそれに通じるものがある気がします。多国籍・エスニックな店が点在する江古田の中でひときわ際立った「どこでもない感」。「移転前(2003年頃)の最初の頃は絵にかいたようなファンシー感だったんです」と前置きした上での店内のお話です。

移転前の江古田店。武蔵大前にあった「絵に描いたようなファンシー」?!(『東京レコ屋ヒストリー』若杉実,シンコーミュージック,2016)

松:なんか(イメージが)「ない国」ですから…。架空の世界みたいなのが基本好きなので。(店内に飾っている)こういうのってほとんど、買取にまざってきたようなもので。モーツアルトとかはく製とかも。それをなんとなく選んだり、選ばなかったりしてやってたらこういうよくわからない感じに…。あとは、植物があるかないかの違いはあるかな…と。ここの植物無くしてみると「ゴミ屋敷」みたいな感じにすぐなると思います。色がやっぱり古物で、茶ばみものが多いので。中古レコードが基本「カビ感」がどうしてもあるし…。だからなにか生き物(植物)みたいなのがあるとちょうどかな、と。

なるほど…!分かりました。このお店「古物商」であるのに、いわゆる「茶ばみ」感がないのは、そこか、そこなのか…!「植物がある」のが大事、と。我が家にも使えそうな実践的ヒントをいただきました。

まずは買取からトライ?

これを読んでいるあなたが近所に住んでいてお店に一度も行ったことがないのなら、まずは買取からトライしてみるのは、どうでしょう?ココナッツディスクには「町の人からのレコードを買ってそれを町に還元する」顔もあるのです(出張買取もあり)。なお、買取はレコード・CD・VHS・書籍など音楽関係以外にもカメラ・古いおもちゃまで、一度ご相談くださいとのことです。私も実家にあるレコードを売ってみようかな?

まとめ

お店って、どうしても店舗を離れられない不自由さもあるけれど、江古田から松本さんが見ている世界は「広い」と思いました。本の中では世界のDJやレーベル・オーナーなどが「和レアリック」の括りで選んだディスクも紹介されており、この熱は、国内にはとどまらず海外にも広がっているようです。中古レコード店の中には、「これを聴け」と直にオススメしてくるような店もあるようですが、江古田店では、そんなことはありえません。お店は、ストーリーをつけたディスクを選んで自己紹介(公開)してくれているので、こちらは相手を知った上で安心してゆっくりBGMを楽しみつつ時に内省しながらお店を見ることができます。手書きのPOPも楽しみのひとつ!そんな距離感のお店がある。一方でなじみのおしゃべりする店もある…この二つを行ったり来たりすることが、この町では叶うのかもしれません。

注1:2019年9月26日発売。ele-king books ココナッツディスク特典CD-Rあり。文中の「本」は全てこれを指す。
注2:少部数発行の自主製作出版物。個人製作が多く内容が私的なのも特徴。リトルプレスとも。

ココナッツディスク江古田店

練馬区豊玉上1-9-10
www.coconutsdisk.com
2020年3月21日でめでたく35周年!

記事を書いた人

奥 光子

プロフィール

江古田に越して8か月。『ココナッツディスク江古田店』で選んだエバーグリーンドレッサー賞。トップス&オーバーオールのサイズ感がたまりません。ルーズじゃない。この笑顔!ジャケもグリーンで言うことなし。