江戸末期から飯能で営業するうどん店〈こくや〉。老舗が見てきた街の変化と暮らしの魅力。
細川博之 西武線在住歴計38年
江戸時代から続くうどん店〈こくや〉の店主。飯能で生まれ育ち、8年間の美容師経験を経て6代目に。
街の移り変わりを見てきた老舗のうどん店。そのはじまりは穀物屋でした。
池袋線飯能駅から徒歩で8分ほど、商店街を抜けると風情ある店構えのうどん店〈こくや〉が見えてきました。店前を通ると、ふんわりとダシのいい匂いが漂ってきます。
江戸末期からうどん店として営業する〈こくや〉のはじまりは、大豆や小麦、お米を扱う穀物屋でした。「屋号である『こくや』の由来は『こくもつや』から」と、現在切り盛りする6代目の細川博之さんは話します。
「最近は漢字の“古い”に“久しい”と書いて『古久や』と表記されることが多いんですが、実は違うんですよ。漢字の『古』『久』に見える文字は、変体仮名(※へんたいがな、現在の字体に統一される以前に使われていたひらがなの形)の『こ』と『く』。パソコンでもなかなか変換できないので、分かりづらいんですけどね(笑)」
うどん店として営業をはじめた江戸末期、畑しかなかったお店の周辺は小麦の産地でした。そんな土地柄から、地元にはうどんを打てる人も多かったそう。
「うちは穀物屋だったのもあり、畑仕事の合間にまかない用のうどんを打っていました。やがてお店の広さにも余裕があるし、せっかくなら商売にしようかとうどん店を開いたんです」
大正時代になってから、区画整備のため現在の場所に移転。当時の面影が残るしつらえは「少々ガタがきている」と細川さんは笑います。営業は11〜14時、約22畳の店内は地元の人たちや観光客らで賑わっていました。
「建物自体は昭和2年に建てられたものですが、創業時もこんな感じの雰囲気だったと聞いています。大正のころは2階が芸者さんの練習場所にもなっていました。当時は、いまバーベキュースポットとしても人気の飯能河原周辺が料亭や小料理屋が集まる地域だったので、うちで練習してからご飯を食べて出勤していたそうです」
代々、出しているメニューはいたってシンプル。家業を継ぐうえで気がついた「変わらない味」の大切さ。
飯能で暮らす人たちと歩んできた〈こくや〉。家族経営というのもあって、細川さんは小さいころから家の手伝いをしていました。
「釜のうどんをかき回したり、薬味を切ったり、学校や部活が休みの日は手伝うのが当たり前でしたね。もちろん食事もうどん! 朝夕は残ったうどんを焼うどんやナポリタン風にアレンジしたりして。おいしいんですよ」
そんな細川さんにも、葛藤した時期があったと言います。
「家を継ぐのが当たり前という空気感だったので、それに反発心があったというか。違う世界も見たくなって、高校卒業後は県外の専門学校に進み、その後は神奈川県の藤沢で8年間、美容師として働いていました。藤沢を選んだのはサーフィンが趣味だから(笑)」
「両親も『美容師としてやっていきたければそれでいい』と言ってくれていたので、挑戦してみようと。でも、いま思えば苦労をかけてしまったな」と細川さん。飯能に帰って来るタイミングで、家業を継ぐか考えました。
「改めて両親が歳をとりながら頑張る姿を見て、代々続く家業を潰したくないという気持ちが固まりました。それからは調理師免許を取らなきゃいけなかったから、家と美容室でアルバイトしながら受け継いでいった感じです」
店主は代われどその味は変わりません。ですが細川さん、自分の代では「うどん一本じゃなくて、カツ丼なんかも作ってやる!」と思ったこともあったそう。
「でもじいちゃんや親父は代々同じメニューで、受け継がれている打ちかた・作りかたで勝負していた。お客さまもずっとその味を求めて来てくださっていたから、変わらないことも大事なんだと気付かされましたね。みなさんにおいしいと言っていただいている味を守っていきたいなと」
つるっとコシがあるここならではの「武蔵野うどん」。受け継ぐ技術と飯能の自然が織りなすそのおいしさ。
ここ〈こくや〉のうどんをはじめ、飯能市を含む武蔵野エリアで食べられているうどんは、総称して「武蔵野うどん」と呼ばれています。
「地域で特徴があるものの、一般的に『武蔵野うどん』は太くてコシがあるうどんとして知られています。うちはコシもありつつ喉越しも楽しめるように打っていて、麺は少し細め。釜あげが出ることが多かった先代のころ、ずるずるっと食べやすいようにこの細さにしたそうです。釜からそのまま上げて熱々で出すから、太いと食べにくいでしょ」
その一杯は、量も多めです。昔は力仕事の合間に立ち寄る林業や建築関係のお客さまが多かったため、さっとお腹を満たせるよう多めに盛っていました。
その名残りから、名物の「肉つゆうどん」で言えば並盛りで約400gというから驚き! サイズは長らく「並」のみでしたが、最近は客層が広がってきたのもあり、少なめの「小」もできました。
「肉つゆうどん」は、カツオとサバ節で煮出したつゆに麺をつけて食べる一品。口に運ぶと、ぷりっとしたうどんに素材の旨味が吸い付いてきて、心地いいコシとつゆの風味が重なります。そして食べ終わったあとに、釜湯を入れて最後の一滴まで味わえるというのも“肉つゆ”のお楽しみ。
「最後にうどんを茹でた釜のお湯を入れて、飲んでいただくようにしています。祖父の代で出していたのは知っていますが、いつからあるんだろう? 最近は釜湯を出すお店も多くなったと聞くけれど、昔は珍しかったようですね」
「この地には、うどんやダシ作りになくてはならないおいしい水があるんです。奥武蔵源流のお水を販売しているほど水がきれいな土地だから、うどん屋としても最高ですね。本当にいいところですよ。駅から10分くらい歩けば山や川があって、畑もたくさんありますし」
自然の恵みにあふれる飯能市。それだけではなく、「暮らしている人の温かさも魅力」と細川さんは続けます。
「飯能の人はみんなフレンドリーなので、すぐに仲良くなれますよ! 土地も比較的手ごろかつ都心へのアクセスがいいこともあって、最近は引っ越して来る人も多いんです。『おいしかった』と喜んでいただける店作りはもちろん、ここを通して、よりたくさんの人に飯能や『武蔵野うどん』の魅力も知ってもらえたら嬉しいですね」
ふと店先を見ると、帰り際に「お先に、またね!」と声を掛け合う地元の方々もちらほら。そんな地域の温かさも垣間見える〈こくや〉の歴史は、まだまだ続きます。
今回ご紹介した〈こくや〉について
■住所:埼玉県飯能市八幡町6-9
■電話:042-972-3215
■営業時間:11:00〜14:10(LO)
■定休日:日曜・祝日
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(photo:Natsumi Kakuto,Hiromi Kurokawa text:Wako Kanashiro)