江古田の人々と、街とともに。創業100年越えのベーカリー〈マザーグース〉のこれまでと、これから。
萩原ひとみ 西武線在住歴のべ約60年
江古田生まれ、江古田育ち。銀行やホテル、保険会社勤務を経て、3代目として家業〈マザーグース〉を継ぐ。
創業100年越え。江古田で最も歴史あるベーカリー。
たくさんのパン屋がひしめき合う江古田にあって、〈マザーグース〉は一番の老舗です。現在3代目として店を切り盛りしている萩原ひとみさんのお祖父さまが、豊島区巣鴨で創業したのが1916年。なんと100年以上も前のことです。「当初は工房のみで店舗は構えておらず、祖父は大八車(人力の荷車)でパンを売り歩いていたと聞いています」と萩原さん。
まだまだ舶来もののパンが珍しかった当時、人々にパンが受け入れられるのは簡単ではなかったそう。そんな時代にあって、初代が考案した和洋折衷な「白あんメロンパン」の、目のつけどころの新しさ。いまでも〈マザーグース〉の人気商品というのだから驚きます。
そして1926年ごろに江古田に移転、1947年には現在の場所に店舗を構えるように。初代がおいしいものを発明する職人肌なら、2代目である萩原さんのお父さまは、やり手の経営者。それまでほとんどの店が対面式だった販売形態を、お客さまが商品を自由に選んでトレーに取ってレジに持っていくスタイルをいち早く取り入れたり、池袋サンシャインシティのオープンと同時にベーカリーレストランを出店し、当時珍しかったパンのバイキングをやったりと、先見の明がありました。
地元の人たちに、おなかを満たす以上の喜びを届けたくて。
〈マザーグース〉のパンは、地元に暮らす人々の“ソウルフード”だといっても過言ではありません。かつては練馬区内の30校以上の小・中学校の給食のパン4万食を手がけ、現在では30カ所の保育園におやつとしてパンを提供。区内の人たちの多くが、〈マザーグース〉のパンを食べて育ってきているのです。さらに近隣の飲食店にもパンを卸しているため(その一部は下記の「お気に入りスポット」で紹介しています)、〈マザーグース〉のパンと知らずともそれを口にしている人は、潜在的にかなり多いはず。
だからでしょうか。「なんだかほっと安心する味」とパンを買いにやってくるのは老若男女、じつに幅広い客層です。そしてそのまま、店の隣のイートインスペース〈フェアリーテイルズ〉に移動するお客さまも少なからずいます。
「もともとは先代の時代にレストランをやっていた場所なんです。そのあと長くテナントに入っていただいていましたが、最後に空いた時、母から提案があったんです。地域の方に喜んでいただけるような場所にしようよって」
OLやサラリーマン、調べ物をする学生、おしゃべりに興じるママ友たちが、パンをつまみつつ好き好きに過ごしています。またここはレンタルスペースとしても機能していて、落語や演奏会、芝居など、江古田にある各大学の学生たちや地域住民が大いに活用しているよう。
取材した1月14日には、西武鉄道と江古田にある3つの大学(日本大学芸術学部、武蔵大学、武蔵野音楽大学)が連携する「江古田キャンバスプロジェクト」の会議場所として〈フェアリーテイルズ〉が使われていました。
共通の想いが、人をつなげ、街をつくっていく。
3つも大学があり、常に大勢の若者が行き交っていることも、江古田の街が元気であり続けている要因のひとつでしょう。大学時代に慣れ親しんだこの街で商売を始める卒業生も多く「江古田の快適さに後ろ髪を引かれて戻ってくるようです(笑)」と萩原さん。
また、個人商店と大型スーパーが同居し、どちらもが活況を呈しているのも特徴です。
「昔は、店の裏に市場があったんです。夕方になると買い物客でごった返してね。時代が変わり、スーパーもできて、あの活気ある市場はなくなってしまったけれど、それでも個人商店は生き残っています。うちの他にも、3代目まで続いている店はけっこうあるんですよ」
地元を愛する商店同士が協力して、街を盛り上げるべく各種イベントも積極的に開催しています。
「催しとなれば、みんなで一丸となって取り組みます。ここまでくるのにはけっこうな苦労もありましたが、やっと上手に連携できるようになってきました。だって、みんな自分の商売をするだけでも大変なのに、さらに同業者・異業者間で協力し合うっていうのは、やっぱりなかなか体力がいるものね」
それぞれ切磋琢磨はありながらも、集客して街を賑やかにしたいというひとつの大きな共通の目標のもと、つながることができているということ。それが、萩原さん自身のこの街での暮らしやすさにも通じているのだといいます。
というのも萩原さん、そのつながりの中心にいるひとりとして、商店街の仲間やお客さま、学生たちなど、いつも地域の誰かと交流しているのです。取材をしている間にも、電話がかかってきたり、スタッフに呼ばれたり、お客さまの案内をしたりと、くるくるとよく動く姿が印象的でした。初代が職人肌、2代目が経営者肌なら、3代目の萩原さんは、“人と人をつなげる力のある人”。総じて〈マザーグース〉は、江古田の街のハブのような役割を担っていたのでした。
【今回ご紹介した〈マザーグース〉について】
■住所:東京都練馬区栄町29-2
■電話:03-3994-2121
■営業時間:8:00~20:00
■定休日:お盆、年末年始
※2024/2/28時点の情報です。
(photo: Jiro Fujita/photopicnic text: Mick Nomura/photopicnic)