農学博士から一転、コーヒー職人の道へ。所沢のコーヒー愛好家が通う、こだわりの自家焙煎珈琲店〈Kieido〉。
寺内英貴 西武線在住歴約20年
東京都・両国生まれ。結婚を機に、所沢へ。小さい頃からの夢だった「研究者」と「コーヒー職人」、2つの夢を叶えた。
ネルドリップで丁寧に淹れるコーヒー。まずは、寺内さん自慢のブレンドからお試しを。
小さなお店には、コーヒーの香ばしい香りが充満しており、思わず深呼吸。店内で焙煎しているため、煎りたてコーヒーの香りが鼻孔をくすぐります。〈Kieido〉の「本日のコーヒー」で飲めるブレンドは3種類。注文が入ると一杯ずつ、丁寧にネルドリップで淹れてくれます。
店の名を冠した「Kieidoブレンド」は「深煎りのコロンビアの優しい苦みを感じながらブラジルのなめらかさへ、さらに途中から苦みが消えてグァテマラがすっきりさわやかに」。続いて「Dr.ブレンド」は「エチオピアがふわっと華やかに香って、メキシコとブラジルの優しい酸味が包み込みます」とのこと。最後に「めざましブレンド」は、「ケニア、タンザニア、ブラジルのブレンドで、最初の口当たりは一番マイルド。温度が下がってくると、フルーティな香りと柔らかい酸味が寄り添うように湧いてきます」。寺内さんによる丁寧な説明を聞いて、どれにしようか悩むのも楽しい時間です。
ユニークな名前が気になり、「Dr.ブレンド」をオーダー。一口飲むと、その味、香り、風味の違いに、きっと驚くことでしょう。
「うちでお出しするコーヒーが、他のお店と何が決定的に違うかと言えば、のどの通りが違うんです。のどに引っかかる時、それは苦みではなく、えぐみ。うちのコーヒーには、そういう感覚は一切なく、水のようにのどを通っていきます。コーヒーが飲めないという方でも飲めるようになる。今までのコーヒーの概念が変わるはずです」
豆によって香りも味も織りなす風味も違います。ブレンドの豆の配分や組み合わせは、寺内さんが長年、研究してきたからこそできあがった配合で、どこにもない唯一無二のもの。
「うちでお出しするコーヒーは、つるつるの水晶玉のような透明感があって、なめらかで、やさしいコーヒー。一切、突出した苦みや酸味のトゲがなく、完全に調和した状態を目指しています」
ホット、アイス、カフェオレと、すべてネルドリップではありますが、それぞれ豆の量、挽き方、淹れ方が異なるといいます。デザートとして人気のコーヒーゼリーも、トッピングのミルクあり、なしで味が違うものが2種類あるというこだわりよう。寺内さんの中には確固たる、味の完成形があるようです。
研究熱心な店主だからこそ成し得た、コーヒーへの飽くなき探求心。
このおいしいコーヒーの理由を問うと、豆の選別である「ハンドピックが大事なんです」と教えてくれました。生豆で仕入れ、それを焙煎するのですが、その前に欠点豆を取り除くハンドピックが最も大事な作業なのだといいます。
「欠点豆の判断基準が他とは違い、厳しく設定しています。一般的には、形や色目が違うものを取り除くんですが、それだけでなく、どういう豆が、コーヒーの味に悪影響を出すのかについて実験を繰り返しました。たとえば、ハンドピックして弾いた豆をそのまま捨てずに、焙煎してかじったり、淹れて飲んだりして、どういう味がするのかまで確認しているんですよ」
寺内さんの厳しい目と実験魂は、もともとの経歴の農学博士で研究者であるというところが大きく影響しています。お店のウェブサイトにも寺内さんの詳しい経歴が載っていますが、紆余曲折を経ながらも、コーヒーが好きだからこそ、持ち続けた探究心で、もう一つの夢である「コーヒー店を開くこと」を見事に叶えたのでした。
「小学4年生の時、家にあったサイフォンと出会いまして。実験道具みたいでかっこよくて。本を買ってきて淹れてみたら、親も飲みたがってくれたんですね。でも、近所で豆を買って淹れてみても、あまりおいしくなくて。ある時、コーヒー豆の中に、変なかたちの豆を発見して、選り分けるようになったんです。きれいな豆だけで淹れてみると、おいしかった。反対に、変な豆だけで淹れてみるとおいしくないことも発見したんです。そこから、私のハンドピックの歴史が始まりました」
中学生になり、今度は生物に興味を持ち、大学は農学部へ。研究者を目指しながらも、コーヒーへの興味は尽きず、大学時代からネルドリップのおいしさに開眼し、以来、ネルドリップ一筋35年。おいしく淹れられるように、ひたすら実験を繰り返したといいます。大学卒業時には、研究者になるか、コーヒーの仕事をするかで迷うほどでしたが、研究者になるという夢を叶え、植物病理学の研究をしていた寺内さん。しかし、コーヒーへの道が諦めきれず、仕事を辞め、2016年、所沢に小さなお店をオープンしました。
店も少なく、さみしかった通りに、今では人気のコーヒー店が3軒も!
結婚して、寺内さんは都内の勤務先へ、妻は川越へ通うのに互いに都合がいい場所だった所沢という街を住む場所に選びました。
「所沢に暮らして20年になります。池袋線と新宿線が両方使えるのが大きかったですね。所沢に住み始めてから、焙煎機を買って焙煎の実験を始めました。もっと早くお店をやる予定だったんですが、転職してからしばらくは、仕事から帰ったら自宅でハンドピック、週末には焙煎、という生活をしばらく続けていましたね」
仕事を辞めたものの、テナント探しは順調ではありませんでした。飲食不可だったこの物件ですが、不動産屋の計らいで大家さんに会って直談判。結果、飲食OKとなり、オープンすることができました。近くには、〈H-CUBE〉という小さなショップが集まる複合ビルもでき、以来、この通りには、ワインバーやピッツェリア、コーヒー店などがぞくぞくとオープンし始め、少しずつ、賑わい始めました。
「所沢は街がコンパクトで、住むには抜群だと思います。プロペ通りを中心に駅前には西武所沢ショッピングセンターやスーパーもあり、日常生活には困りません。本当に住みやすい場所ですね。2020年9月にできた駅ビル〈グランエミオ所沢〉も充実していて、所沢の魅力がさらに増したように思います。住む人が増えているからか、個性的な個人経営のお店も増えてきているように思いますね」
駅前には大手チェーン店のコーヒーショップが乱立しているにもかかわらず、この通りだけでも、それぞれ個性の違うコーヒーショップ3軒もあるといいます。お客さまは男女問わず、年齢層も高校生から80過ぎのおじいちゃん、おばあちゃんまで、喫茶店のようにコーヒーを飲みに来てくれるそう。スペシャリティコーヒーの豆を使い、ネルドリップで一杯500円という破格で飲めるのも驚きです。
「ありがたいことにコーヒー愛好家の方もいらっしゃいますが、半数はもともとコーヒーが苦手な方。ここに来てコーヒーのおいしさに開眼してくださり、常連になってくれるんですよ」
そう寺内さんは満足げに笑っていました。コーヒー好きも、そうでない人も。〈Kieido〉を訪れれば、きっとおいしいコーヒーに出会えるはずです。
今回ご紹介した〈Kieido〉について
■住所:埼玉県所沢市日吉町7-6
■電話:04-2925-7757
■営業時間:11:00〜19:00
■定休日:月曜
■公式サイト:https://beansshopkieido.com/
※2024/02/28時点の情報です。
(photo:Natsumi Kakuto text:Kayo Yabushita)