西武鉄道社員がかなえたい

あれもこれもストーリー

Vol.4 「飯能駅リニューアルプロジェクト担当者の斬新な視点」

2019年3月にリニューアルオープンした飯能駅。北欧のライフスタイルを体験できるテーマパーク『metsä(メッツァ)』の『ムーミンバレーパーク』オープンに併せた、やわらかくあたたかい、そして遊び心のある、暮らしを豊かにするデザインが注目を集めています。コンセプトはフィンランド語の『Sykli(サイクル)』。四季を意識したホームや目的の場所へ誘導を促すカモメをモチーフにした鳥など、自然環境のサイクルと人間の動きを対比させたデザインが目を引きます。地元の人々からもリニューアルへの期待が高まる飯能駅。担当者はどんな想いでこのプロジェクトを手がけたのでしょうか?


今回は入社して11年の五味仁美(ゴミ ヒトミ)さんにお話を伺いました。工務部施設課の主任として工事の計画から調査、設計、保守管理などと幅広い業務をこなす五味さん。今回、国内外問わず多くの関係者とともに進行したリニューアル工事は、産休から復帰後の大仕事でした。工事担当者として、また母として、どんな目でこれからを見据えているのか? その視線の先に迫ります。

暮らす人にも、訪れる人にも、愛される駅へ
「飯能駅リニューアル」とは?

飯能駅から近い宮沢湖を中心としたエリアに「ムーミン」の世界や北欧のライフスタイルを体験できる施設「メッツァ」が2019年3月16日に開業しました。
これに合わせ、フィンランド大使館と共催で、フィンランド国内のデザイナーを対象にした「飯能駅リニューアルデザインコンペ」を実施。最優秀賞に選出されたデザインに基づき、“暮らしを豊かにするデザインが自然と共存している駅”を目指したリニューアルを行いました。


▼「駅舎リニューアル」の概要

  • 所在地: 埼玉県飯能市仲町11-21
  • 内容: 駅舎内装のリニューアル
  • 竣工: 2019年3月9日(土)




▼「飯能駅リニューアルデザインコンペ」の概要

  • 名称: 西武鉄道池袋線飯能駅リニューアルデザインコンペ
  • 主催: 西武鉄道株式会社
  • 共催: フィンランド大使館商務部
        本デザインコンペはフィンランド独立100周年記念事業です。
  • 期間: 2017年6月~2017年12月
  • 対象: フィンランド国内のデザイナー
  • 審査委員:
      名誉審査委員
      ・西武鉄道株式会社 代表取締役社長
      ・フィンランド大使館 駐日フィンランド大使
      審査委員
      ・西武鉄道株式会社
      ・フィンランド大使館
      特別審査委員
      ・飯能市役所
      ・株式会社ムーミン物語
      ・株式会社乃村工藝社
      ※上記企業、大使館、自治体にて審査委員を構成します。
01

現場経験を活かし

地元の声に寄り添ったプロジェクトを

―五味さんの現在の業務内容を教えてください。

五味「鉄道建築物の改良工事などの計画から調査、設計業務や、既存の施設の保守・管理業務、また自治体との共同事業における協議や仲介なども担当しています。いってしまえば建物に関すること全般、ですね。そういった案件は必ず施設課を通るので、多岐に渡った内容を受け持つことになります。以前は同じ工務部の建設事務所というところに在籍しており、そこで現場の経験を積んで、現在は管理のほうに携わっているという感じです」

―これまでにさまざまな施設などを手がけてきたなかで、特に印象に残っているのはどんなプロジェクトですか?

五味「一番思い出深いのは、『武蔵大和駅のバリアフリー工事』です。武蔵大和駅にはもともと長い階段があって、その両脇に駅ができた当時から植えられているという桜の木があったんですね。地元の方々や駅員さんへのヒアリングから、その桜が駅を利用されるお客さまの春の楽しみとなっていることを知り、桜を避けるように通路にクランクをつけて設計しました。その甲斐あって、その桜は工事後も武蔵大和駅の春に彩りを添えてくれています。工事説明会やお知らせの配布を早い時期に行って、地域のお客さまの声を吸い上げたことで実現できたプロジェクトですね」

多摩湖線 武蔵大和駅の駅舎と桜

飯能駅リニューアル工事の実際の図面

02

国内初! 本物のデザインを取り入れるために

フィンランド大使館と共催でコンペを開催

―今回の飯能駅のリニューアルプロジェクトでは、どのようなことを意識して作業に当たりましたか?

五味「お子さまからご年配の方まで、みんなが笑顔になるデザインや手法というのを意識しました。また、付近に北欧のテーマパークができることを受けて、よくある北欧“風”ではなく、本物のフィンランドのデザインを取り入れたい、『絵本のような世界観』を表現したいと考えたんです。そこでフィンランド大使館にご協力していただき、フィンランド国内でデザインコンペを開催しました。自分もリニューアルに至った経緯や目的を常に念頭に置き、飯能駅が今後社内でどのような位置づけになってほしいかということもイメージしながら設計・工事を調整していましたね。計画管理部のスタッフとの協働プロジェクトでもあったのですが、お互いのビジョンを確認しつつ前向きに進められたと思います」

―駅のリニューアルに当たって海外でコンペを行うというのは珍しいことですよね?

五味「西武鉄道内では、そしておそらく日本国内でも初めての試みかもしれません。大使館に共催いただき、フィンランドでコンペを開催して集まったのが13社。コンセプトへの理解やそれをどう表現するかなどという点を見ながら1次審査を行いました。そこから3社に絞り、2次審査ではフィンランドに課長や担当スタッフとともに赴いて1社ずつ面談。もう一度1次審査の内容を先方にプレゼンしていただきました。さらにその後、実際に3社に飯能に足を運んでもらってスケール感などを肌で感じていただき、その1ヵ月後に最終的なデザイン案を上げてもらったという流れです」

フィンランドで行った2次審査

飯能駅にお招きして現地調査

03

異文化ゆえの相違解決は

相互理解の努力からスタート

―デザイナーを決定するまでにもかなり時間がかかりましたよね?

五味「フィンランド大使館に交渉してからデザイナーの決定までで約1年ですね。最終的にこちらの『こうなったらいいな』というコンセプトをうまく解釈してデザインに盛り込んでくれたデザイナーに決定しました。日本での実績も多くなく、学生さんの多い若い会社だったのですが、10年後の飯能駅がどうなっているかというイメージを持ちながら、長い目で地元の人にも愛されるデザインを、みずみずしい感性で仕上げてくれたと思います」

―コンセプトやデザイナーの意向を実現するために、工夫または苦労したことはありますか?

五味「まず、世界的に見ると駅に改札がある国が少ないんです。フィンランドも同様で、鉄道は国営で車社会ですし、列車での移動が盛んではないんですね。そこでまず当社線沿線の規模や人の動き、スピード感などを理解してもらうことから始めました。また異国・異文化ゆえに表現法や材料選定の考え方の差異、そして法律などさまざまなクリアすべき項目もあり、設計確認を綿密に進めていく点では苦労しましたが、意外とフィンランドと日本の国民性は似ていて。真面目で几帳面だし仕事も速いし、何より真剣に取り組んでくれたので、国外の会社との初めての協働ということで身構えていたぶん、その点はとても気が楽でしたね」

気軽にくつろいでいただけるベンチ

冬の「粉雪」をイメージした照明

04

モチーフひとつひとつにも

『地産・本物・体験』へのこだわり

―五味さんご本人としてはどういったイメージを持ち続けられていましたか?

五味「駅を通過するためだけの空間ではなく、ワクワクや想像力を刺激するつくりにしたいと考えていました。いままでの“駅の概念”を変えるような、新しい体験ができる場所にしたかったんですね。それには『触ってみたい』『座ってみたい』などの好奇心をかき立てる仕かけが必要かなと、木材のモチーフを使用したり、ユニークなベンチを設置したり…。木材はメンテナンスが大変ですし、敬遠されがちな素材ではありますが『なるべく本物を』というモットーのもと、重量や消防法の関係で不可能なケースではない限り、飯能産の“西川材”を使用したんですよ」

―まさにコンセプトに則ったこだわりですね!

五味「でも、その加工にはちょっと骨が折れましたね。というのも、木材を3D加工できる会社が日本国内に数社しかなくて。結局、飯能から秋田まで約600本の間伐材を運んで加工してもらいました。1本の木から何十本ものピースを作り、パズルのようにはめていくというデザインなのですが、秋田で原寸検査と加工を行い、またトラックで運んで持って帰ってきたんですよ。コストや手間はかかりましたが、飯能産のもの、本物を使いたいというこだわりは達成されましたね。こどもも大喜びで木に触れて、さっそくそのぬくもりを体験してくれています」

飯能産の「西川材」を活用したベンチ

差し込む光と影のコントラストも新たな魅力に

05

産休前後では

仕事ぶりにも変化が

―話は変わりますが、現在は子育てをしながらお仕事されているんですよね。その点で苦労されたことなどはありますか?

五味「産休中と仕事復帰後のギャップには悩まされました。育児休業中は大人と話す機会も少なかったですし、スピード感も違います。復帰後1年くらいかけてやっと心身ともに産休前の感覚に戻ったという感じですね。当時工務部は女性が少なく、同じような境遇の人はいなかったのですが、周囲の男性社員たちに理解があったので、仕事の面で大変なことというのは特になかったです。ただ、自分の身体の状況を常に伝えて、何かあったときに対応してもらえるように自分からコミュニケーションを取ることは心がけていましたね」

―ご出産前後で、お仕事面に変化などはありましたか?

五味「明らかに効率が良くなりました。すべてのことを100%完璧にこなそうとすると、どうしても限られた時間内に仕事を終えるのが難しいこともあります。しかし、帰りの時間の制約ができたことで、良い意味での要領のよさを身につけたというか、自然とキチッとスケジュールを管理できるようになりました。また、思い通りにいかないことがあっても「ま、いっか」と割り切れるようになり、子育てを通して強くなれた気がします」

06

母親になって得た視点が

仕事にも活きる

―子育てをしながらお仕事をされるうえで、ありがたかった社内制度や苦労されたことなどはありますか?

五味「うちは主人と私、こどもの3人家族なので、こどもが風邪をひいたときは、主人と交互に休みをとりながら仕事と子育てを両立させていました。復帰後も3年くらいは時短勤務制度を活用しながら業務に当たっていましたが、この制度はありがたかったですね。苦慮した点はこどもの急な発熱などへの対応です。打ち合わせの予定なども、私単独でのものであれば日にちをずらしてもらったり、そうでない場合は代わりの人に出てもらったり……。なんでもないときでも情報の共有をしておくことは必要だなと痛感しましたね」

―母親であるという視点がお仕事に活きたことなどはありますか?

五味「例えば、出産前はエレベーターをあまり使わなかったのですがいざベビーカーを使うようになって『こういうところにエレベーターがあるといいな』などと気づくこともありましたね。仕事の性質上、元々いろいろな立場の方のことを考慮して設計などを考えるように心がけてはいたのですが、それが実感となったという感じです」

青銅をイメージしたエレベーターの装飾

ポスターにも細やかなこだわり

07

コミュニケーションに法律に……

新しいチャレンジがいっぱい

―ご自身にとって今回のプロジェクトはどのようなチャレンジとなりましたか?

五味「英語との戦い、ですね(笑)。元々英語は苦手だったのですが、コンペチームに飯能駅に来ていただいた際など、通訳がいない場面もあったんです。そんなときは積極的に英語でのコミュニケーションを試みはしたのですが、なかなか思うようにいかなくて…。結局ボディランゲージと熱意でなんとかなったんですが(笑)。『この仕事だから英語は話せなくても良い』という考えは改めなくてはいけないな、と思いました。でもフィンランドの方々も頑張って日本語を話そうとしてくれて。英語でのメールでのやり取りなども大変でしたが、すごく楽しかったです」

―今回のさまざまなご経験のなかで得たものを教えてください。

五味「チャレンジ精神、そして建築に対しての柔軟な考え方ですね。元々自分たちで発案し、ボトムアップでスタートしたプロジェクトだったので、走り出した以上は成功させたいという想いがありました。妥協せず、なるべく上のレベルのもので、と進めてきました。また、海外の会社との協働作業で、いままでにはない経験もできました。デザインしてもらうのはフィンランドですが、設計図や施工図を描くのは日本。言葉や法律など、ひとつひとつクリアにしていかないと描いた絵を現実にはできません。いままですべて国内での作業だったので、こういうケースは大変勉強になりましたね」

08

安全・安心の鉄道施設に

遊び心をプラスしたい

―今後かなえたい目標や夢はありますか?

五味「鉄道建築であるがゆえ、安全・安心をおびやかすデザインはもちろんNGなのですが、どこまで新しいもの、皆さまを幸せにできるものを作れるかということに挑戦していきたいです。ただ単に目新しいという意味ではなく、30年、40年と先にも多くの人に語り継がれるような、また社内外からいろんな感想を言ってもらえるような駅を造ることが目標です。“駅”のコンセプトや造り方・考え方の再考は、会社にとってもスパイスになると思いますし。そして、ひいては昔からの私の夢であったまちづくりなどにも貢献できれば、と考えています」

―新駅舎を利用される皆さまにメッセージをお願いします。

五味「飯能駅を利用されるすべての方が、絵本の中に迷い込んだような気分になると思います。その世界観に入り込んで、いろんなことを感じたり、想ったり、話し合ったりしていただきたいですね。ストーリーテラーとしてカモメのキャラクターがいるのですが、そのカモメとの出会いをきっかけに、何がどう見えるか、どう感じるか、少しでも考えたり会話をしたりしてもらえたらこの上ない喜びです。飯能駅で皆さんの心が温まり、そしてその熱が次のまち、物語に繋がっていくことを願っています」

ストーリーテラーのカモメ

目的の場所まで皆さまをご案内します

五味 仁美

Vol.4 Profile

五味 仁美(ゴミ ヒトミ)

工務部 施設課
2008年 入社

※所属等は、取材当時のものです。

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